田舎暮らし in 熊野

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「少数決原理」で社会が動くメカニズムとは?

日本のような民主主義社会においては「多数決原理」で社会が動いていると思われがちですね。実は必ずしもそうではないようです。ライター、金融トレーダー、ニューヨーク大学教授でもある、ナシーム・ニコラス・タレブの著書『身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』を通して、「少数決原理」で社会が動くメカニズムを紹介します。

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まず始めに述べておきますと、「少数決原理」とは一部の権力者があからさまに社会を動かしているという独裁制や寡頭制のことではありません。超富裕層が影で世界を支配しているという陰謀論でもありません。一見すると「多数決原理」で物事が動いていると思われる社会において、実は「少数決原理」が社会を動かしている可能性があるという話です。

 

本文を引用します。

「本章で議論する法則とは、あらゆる非対称性の生みの親である「少数決原理」だ。大きく身銭を切っている(できれば、魂を捧げている)ある種の非妥協的な少数派集団が、例えば総人口の3、4パーセントとかいう些細な割合に達しただけで、すべての人が彼らの選好に従わざるをえなくなる。さらに、少数決原理は錯覚を伴う。一見すると(標準的な平均だけを見ると)、それは多数派の選択や選好に見える」(千葉敏生訳)

 

著書は例としてユダヤ教イスラム教の食事規定をクリアした食品の普及を挙げています。欧米でユダヤ教徒イスラム教徒は少数派であるにも関わらず、欧米で売られている食品はかなりの割合でコーシャ(ユダヤ教徒が食べてもよいと認定されている食品)、ハラル(イスラム教徒が食べてもよいと認定されている食品)のようです。

 

なぜそうなるのでしょうか。それは、宗教的信念によってコーシャ(ハラル)食品を食べる人々は、コーシャ(ハラル)認証されていない食品を絶対に食べませんが、それ以外の人々がコーシャ(ハラル)食品を食べるぶんには何も問題がないからです。つまり、コーシャ(ハラル)食品であれば、全員が食べることができるということです。逆は成り立ちません。結果的にコーシャ(ハラル)食品が普及することになります。

 

著者は「少数決原理」が作動する条件を2点挙げています。一つ目は非妥協的な少数派集団が特定地域に集住しておらず、広範囲に分散していることです。特定地域に集住していたらば、その地域だけに普及するだけで、全体に普及することはなく、「少数決原理」は成り立ちませんね。二つ目は値段の差異が小さいことです。コーシャ(ハラル)食品がそれ以外の食品より10倍高かったとしたらば、さすがに全体に普及はしないでしょう。

 

我々は「少数決原理」を歓迎するべきなのでしょうか、警戒するべきなのでしょうか。どちらの考え方も可能だと思われます。それは非妥協的な少数派集団の信念の内容によるのでしょう。善い信念であれば歓迎するべきでしょう。例えば、世界中から貧困を撲滅する、食の安全を守る、といった信念です。たとえ自分が少数派であったとしても、強い信念を持って行動すれば、世界を動かしたり、変えることが出来るかもしれません。悪しき信念であれば、当然、警戒するべきですね。例えば、特定の民族や宗教集団を弾圧してもよいとする危険思想であったり、金儲けのためには、他者の生命に危害を加えても構わないといったような信念です。過激な主張を掲げる少数派集団であっても、強固な信念を持っている限り、信念を持たない多数派を取り込んで、権力を握る可能性は常にあるということでしょう。極右、極左政党が政権をとる可能性は、一般的に考えられているより高いのかもしれません。

 

いかがでしたでしょうか。「多数決原理」で物事が動いているように見える社会において、実は、非妥協的な少数派集団が社会を動かしている可能性があるという話でした。「少数決原理」が作動するメカニズムとしては、信念のない多数派集団は、知らず知らずのうちに強い信念を持った少数派集団に取り込まれていく傾向があるということです。良くも悪くも強い信念を持った人間が社会を動かすということなのでしょう。「善い」信念を強く持ち、世界を動かす人間でありたいと思います。