田舎暮らし in 熊野

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人間の終わり? 〜AI神話を再考する〜

最近、AI(人工知能)について様々な議論、報道がなされていますね。主に三つの観点があるかと思います。

 

一つ目は技術的観点です。AIはどのような技術で何が出来て何ができないのか等です。二つ目は社会経済的観点です。AIの進化によってどのような仕事が消える、または新たに現れるのか、その結果として社会はどう変わっていくのか等です。三つ目は思想、宗教的観点です。AIは「人間」の概念を変えるのか、「人間」は終焉を迎えるのか等です。日本においては、技術的、社会経済的観点からAIについて語られることが多いですよね。今回はフランスの哲学者でソルボンヌ大学コンピュータ・サイエンス教授でもあるジャン=ガブリエル・ガナシアの著書「虚妄のAI神話 「シンギュラリティ」を葬り去る」を通して思想、宗教的観点からAIについて考えてみます。

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シンギュラリティという言葉をご存知でしょうか。シンギュラリティとは、日本語に訳すと技術的特異点です。技術的特異点とは、AIが人知を凌いで、人間や社会を大きく変容させる時点と言われています。シンギュラリティを越えると、人間がAIをコントロールすることができなくなり、逆にAIが人間を支配するようになるのではないかと言われています。イギリスの宇宙物理学者の故スティーブン・ホーキングやテスラの創業者イーロン・マスク、グーグルのレイ・カーツワイルなどが代表的な論者です。ホーキングやマスクは、シンギュラリティ以後の世界に危機感を抱いています。逆にカーツワイルはシンギュラリティ以後の世界を好意的に見ています。カーツワイルは人間の意識をコンピュータにアップロードすることにより、人間は不死を手に入れると述べています。

 

シンギュラリティ論が現れてくる宗教、思想的背景について考察します。著者は時間観念を3つに分けて述べています。

 

一つ目は円環としての時間観念です。季節や天体、人々の世代の繰り返しのように時間は循環しているという考え方です。輪廻転生ですね。原始社会やヒンドゥー教、仏教、ニーチェ永劫回帰の思想に現れています。二つ目は直線的時間観念です。ユダヤ教キリスト教などの一神教に現れています。世界には始まりがあり、終わり(最後の審判)があり、そして終わりの先に至福の永遠世界があるとされています。三つ目は「破断した」時間観念です。グノーシス主義思想に現れています。グノーシス主義とは、1世紀から4世紀くらいまで地中海世界で力を持っていた思想、宗教です。グノーシスとはどのような思想でしょうか。本文を引用します。

グノーシス派によると、偽の神が真の神の力を奪って偽りの世界を創造した後、大異変によってその世界が浄化され、真の神が正当な支配者として君臨するとされている。その結果、歩みの途中にあった時間が破断して途切れ、後には正しい秩序が支配し、調和が訪れるのである」

 

著者はシンギュラリティ論はグノーシス主義の時間観念を受け継いでいると述べています。グノーシス主義の大異変がシンギュラリティに対応していると。

 

最初の問いに戻ります。AIは「人間」を終焉させるのでしょうか。ここでいう「人間」とは、自由意志を持ち、自ら運命を選び取ることができる主体という意味です。著者はAIが「人間」を終焉させることはないと述べています。物語と現代科学を混同してはならないと。シンギュラリティとはグノーシス主義の大異変と同じく、物語、神話世界の話であり、現実世界と同じではないと著者は述べています。本文を引用します。

「科学と空想の明確な区別がなければ、混乱が生じるだけだ。彼ら(シンギュラリティ論者)は両者の区別を曖昧にすることで、未来の本当の姿を隠している。単なるひとつの可能性にすぎないシナリオを、まるで避けることのできない運命のように言うことで、他にも存在するはずの無数の選択肢を隠蔽し、シンギュラリティ以外の選択肢を選んだ場合、どのような結果が生じるかや、その選択肢が人間の行動にどれほどの自由を与えてくれるかといった問題を考えさせなくしている」

 

いかがでしたでしょうか。AIが「人間」を終焉させるという考え方には、思想、宗教的背景があるという話でした。具体的にはグノーシス主義思想の大異変がシンギュラリティに対応しているということです。シンギュラリティはあくまで物語であり、現実世界に起こる出来事と必ずしも同じではないという話でした。

 

私はこの本を読んで、ホーキングやカーツワイルのような超一流科学者の思考の中にも物語世界が潜在していることに驚きました。人間は科学的思考を行うと同時に物語的思考も行なっているのでしょうね。