田舎暮らし in 熊野

田舎暮らしの日常、旅行、グルメ、読書について書いています。

田舎暮らしは悲惨か

田舎は悲惨ではなく、現代文明の行き詰まりを克服する可能性を秘めた豊穣の地です。

 

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現在、メディアを中心に地方、田舎に対して論じられている言説では、主に地方は人口減少で疲弊し、衰退している悲惨な場所とされています。都会、田舎暮らしの双方を経験している私から見ると、この考え方は一面的に過ぎると思います。確かに物質的な観点からは地方が疲弊していることは事実です。私の住む漁村の人口は今や300人程で平均年齢は60歳を優に越えており、20年後には消滅している可能性もあります。視点を変えて精神的な観点から見ると、田舎は現代都市文明の行き詰まりを克服するための大きな可能性を秘めた場所です。

具体的に田舎が持っている可能性について二点取り上げます。一つは地域住民同士が助け合う「地縁共同体」が残っていることです。都市社会は主に利益を通して構成員が繋がっています。会社を思い浮かべて頂けると分かりやすいです。会社は従業員に給料を支払う対価として労働力を確保し企業活動を行います。従業員は給料を得る対価として会社に労働力を提供します。利益で繋がった関係というものは、時間をかけて人間関係を築く必要がなくお手軽で効率的である反面、脆い関係でもあります。端的に言って「金の切れ目が縁の切れ目」ということです。このようなお手軽な関係は、必然的に人間関係の希薄化を招き、都会住民は心理的な不安を抱えているのではないでしょうか。田舎では地縁で共同体員が結びついていることが多いです。金銭を介在させずともそれぞれが助け合いますので、貧しくとも安心して暮らすことができます。私は魚市場に勤務しています。重い荷物を持ち上げる時は、頼まずとも当たり前のように誰かが助けてくれます。体力的に助かるということも当然あります。それ以上に困った時には誰かが助けてくれるという心理的な安心感があります。

二点目はサバイバル能力です。田舎は都会に比べると不便です。私の住んでいる町にはコンビニもなければ飲食店もありません。当然ながら24時間営業の水回り修理屋さんもいません。自分で野菜を栽培したり、魚を獲って食料を調達することも多々あります。保存のために漬物にしたり、干物にしたりと食品加工もお手の物です。都会では自ら食料調達できないどころか料理すら出来ない人も多いのではないでしょうか。結局はお金で解決することになります。スーパーやコンビニの惣菜で済ますか、飲食店に通うかになります。サバイバルと申しますと、縄文時代に戻るつもりか、と批判を受けるでしょう。しかし、私はそういうつもりで言っているのではなく、金銭を介した便利な都市文明が未来永劫続くことはあり得ません。人間は現状が続くと考えがちです。日本列島の地理的特性から見て自然災害は多発しますし、混乱する世界情勢を鑑みると今後戦争に巻き込まれる可能性も多いにあります。心構えとしても実際の能力としてもサバイバル能力を身につけておく必要があるということです。大震災などの天変地異、戦争などの大災害が起こった際にはお金は役に立ちません。災害時には第一にサバイバル能力、第二に助け合える信頼に基づく人間関係こそが生存を担保します。

今まで田舎生活の可能性を述べてきましたが、地方に問題が無いわけでは全くありません。人口減少で地方経済は間違いなく疲弊しています。地縁共同体には出る杭は打たれるという閉鎖的な側面も当然あります。国政レベルで税収を都市部から地方に再分配する必要もありますが、地方の側にも自発的な努力が必要です。補助金頼みではなく、地方自身の努力で持続可能な事業を起こすことなどです。

私は地方再生の鍵は都市と地方の交流だと考えています。ここでいう交流とは都市の物質文明と地方の精神文明を混ぜ合わせるということです。物質文明とは金銭を介して財の取引が行われる社会です。精神文明とはサバイバル能力を持ちながら地域住民が助け合う社会です。上から目線で都市の視点から地方を変革するという関係はかなりの確率で失敗すると思います。都市の視点とは物質主義です。同じ土俵で地方と都市が争えば、都市部が圧倒的に有利です。都市部には地方に比べて圧倒的な資本の蓄積があるので、地方から都市への人口流出を止めることはできません。地方が依って立つべきは助け合いなどの精神文明です。都会には精神的孤独を抱えた人々が多くいます。オーストリアの詩人、リルケは20世紀初頭のパリでの孤独な生活を書いた『マルテの手記』の冒頭でこう述べています。「人は生きようとして都会に集まってくるらしいが、私には死んでゆくとしか思えないのだ」

田舎生活は精神的に疲弊した都市住民に精神的な豊かさを与えることができます。都市は人口減少に悩む地方に労働力を提供することができます。このように相互が助け合える関係を築くことが地方再生の鍵になるのではないか。私はそう信じています。