田舎暮らし in 熊野

田舎暮らしの日常、旅行、グルメ、読書について書いています。

東京一極集中は本当か 〜地方が誇りを取り戻すためには?〜

東京一極集中

 

最近よく聞く言葉ですよね。どちらかといえば否定的なニュアンスで使われることが多いと感じます。東京一極集中は、人口減少を助長する、災害リスクが高い、文化の多様性を破壊する等々。私は東京一極集中という言葉は、誤解を招きかねない問題のある表現だと思います。当初の否定的なニュアンスではなく、肯定的に捉えられる可能性があるからです。東京にはあらゆる物や人が集まっており、豊かで魅力的な場所であると。では地方を離れて東京に行こう!となるのではないでしょうか。人口減少を阻止するため、地方の文化を守るために地方に居住しようという「殊勝」な人は多くないと思われます。物質的に非常に豊かな東京に住みたいと思うのはある意味当然です。特に若い世代にとっては。私自身もそうでした。18歳から25歳まで東京に住んでいました。

 

東京一極集中、何が東京に集中しているという意味なのでしょうか。社会分野という観点から見ると、政治、経済、教育などの機能が東京に集中しているという意味になりましょう。現在、東京一極集中と言った時には、経済的観点から捉えられることが多いかと思いますので、今回は経済的観点から東京一極集中という言葉を解明します。

 

ビジネス的表現だと、人、モノ、金、情報が東京に集中している、となります。確かに数字を見るとその通りです。日本のGDP,人口の約3分の1は東京圏に集中しています。世界的に見ても、東京圏はニューヨーク圏を超えて世界一の経済都市です。次に経済機能の観点から見てみます。大雑把に分けて、経済は生産と消費から成り立ちます。東京に集中しているのは消費です。生産は主に地方が担っています。自動車産業、航空機産業、工作機械産業等は中部地方が中心地です。食料産地としては北海道、東北、九州などが強いです。製薬業の中心地は関西です。

 

製薬業の中心地が関西であることは、あまり知られていないかもしれませんので説明します。現在の日本の大手製薬会社の多くは、大阪の道修町を起源としています。江戸時代に道修町に薬商が集中し、全国に向けて薬を独占的に販売していました。その名残だと思います。武田薬品工業塩野義製薬大日本住友製薬田辺三菱製薬などは道修町が起源です。武田薬品工業塩野義製薬田辺三菱製薬は、現在でも道修町に本社を置いています。本社以外でも、製薬業の研究開発拠点、製造地が関西に集積しています。

f:id:kumanonchu:20190901093521j:image
f:id:kumanonchu:20190901093525j:image
f:id:kumanonchu:20190901093528j:image
f:id:kumanonchu:20190901093518j:image

道修町は現在の大阪の北船場と呼ばれているオフィス街に位置します。歴史的な建造物もちらほらと見られます。余談になりますが、文豪、谷崎潤一郎の小説『春琴抄』は道修町が舞台になっています。

f:id:kumanonchu:20190901094027j:image

話を戻します。経済を生産、消費という機能で分けて考えると、生産は地方、消費は東京、と住み分けがなされていることが分かります。(IT産業のような純粋頭脳産業は例外です。)つまり、決してすべてが東京一極集中とは言えないのです。このことは、東日本大震災の時に明らかになりました。エネルギー、食料、工業製品などが一時的に地方から東京に入らなくなり、大混乱に陥りました。東京は自律的、あるいは自給自足な経済社会を形成しているわけではありません。ある意味で地方に依存しているのです。

 

いかがでしたでしょうか。経済機能という観点から考察すると、東京一極集中は幻想であることを述べました。東京は消費、地方は生産、と住み分けが成されており、東京と地方は相互補完関係にあります。誤解を与えかねない東京一極集中という言葉の使用をやめて、消費東京一極集中とすべきだと思います。そうしませんと、豊かな東京、貧しい地方という固定観念が広がり、結果的にさらに東京一極集中が進み、地方の衰退が進んでしまうのではないかと危惧します。地方再生のためには、生産という社会、経済にとって重要な機能を地方が担っているのだという誇りを地方自身が取り戻す必要があると思っています。