田舎暮らし in 熊野

田舎暮らしの日常、旅行、グルメ、読書について書いています。

地方を変える 「境界人」

地方を変えるのは、「よそ者、若者、ばか者」だという話を最近よく聞きます。面白いネーミングだとはおもいます。しがらみのないよそ者、既成概念に囚われない若者、奇抜なアイデアを持ったばか者が行き詰まった地方を変える、ということかと思います。ただ、少し単純化し過ぎているように思えます。よそ者過ぎては警戒されますし、若ければいいとは限りませんし、常識のないばか者も相手にされないでしょう。私は地方を変えるのは、「境界人」だと思っています。

 

境界人とは、複数の社会集団の境界に位置する人です。元々は心理学の用語で、大人と子供の境界に位置する青年期を指す言葉です。都市から田舎に移住した人間も境界人と言えます。田舎住民から見ると、移住者はよそ者であると同時に、現在は田舎に住んでいるという意味では内側の人間でもあります。田舎出身で現在は都会に暮らしている人も境界人です。

 

歴史学民俗学の世界においても境界人が社会、文化、政治、経済において果たしてきた積極的な役割を評価しています。例えば、歴史学者網野善彦氏は『無縁・公界・楽 中世日本の自由と平和』という本の中で、移動する遊行僧、芸能民、商工民といった境界人たちが社会を活性化させたと論じています。

 

話を戻します。境界人が地方を変えるための良い位置にいるとは、どういう意味かと申しますと、端的に言って内と外のバランスが取りやすいため新しい取り組みを進めやすいということです。完全に内側である、長い間地域に住み続けている住民は、いろいろなしがらみがあり、新しい取り組みを行うことは難しいです。詳細は「地方創生を阻む3つの壁」というブログに書きましたのでご参照下さい。逆に完全な外側の人間は、地域住民から信頼を得ることが極めて難しいです。例えば、地域の実情を知らない東京のコンサルタントや、どこかの大学教授が地域おこし策を提言したとします。地方住民からすると、実情を知らないお偉方が上から目線で言っていることは信用できない、となります。

 

境界人は実際に地域に住んでいますので、地域の実情が分かります。地域住民から、ある程度の信頼を得ることもできます。外の視点も持っています。完全に内側ではないので、しがらみにとらわれることも少ないです。よって地域おこしを行う絶好の位置にあるといえます。実際に地域おこし活動を行なっているのは、移住者が多いという実感があります。

 

ただ、境界人は良いことばかりではありません。当然ながら境界人は完全に外側でもなければ内側でもないという不安定な立場にいます。長い間地域に住み続けている住民からすると、移住者はやはりよそ者です。あまり内に入り過ぎると地域のしがらみにとらわれてしまい、新しい取り組みを行い難くなります。地域社会との距離感の取り方が重要です。近過ぎず遠過ぎずの絶妙なバランス感覚が必要なのです。

 

いかがでしたでしょうか。地域を変えるのは、境界人という話でした。内と外の境界に位置する移住者は新しい取り組みを進めやすい立場です。ただ、地域社会との距離間の取り方には気をつけて下さいね。近過ぎず遠過ぎずです。