田舎暮らし in 熊野

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地方滅んで国滅ぶ 「選択と集中」の末路

選択と集中とは、主に経営の世界で唱えられている戦略概念です。自社の得意分野で競争力のある事業に資源を集中させることで、経営効率、業績を上げるという戦略です。軍事の世界でも同じような考え方があります。クラウゼウィッツは『戦争論』の中で、戦闘における決勝点に戦力を集中投下する必要性を説いています。戦力の逐次投入は敗戦の元であると。

地方創生においても、この選択と集中戦略を適用しようという流れがあります。効率の悪い地方に補助金を入れても、成果の出ないバラマキに終わるので、ひと、もの、金、情報の集まる拠点都市部に資源を集中投下することで社会全体の効率を上げようという考え方です。私はこの考え方に反対です。理由を三点述べます。

 

①政治は企業経営とは根本原理が異なる。

②生存のための基盤である食料生産の現場を破壊する。

③現時点での効率しか考えていない。

 

①政治は企業経営とは根本原理が異なる。

政治の目的は何か。それは長期的視点に立って、安定的な社会を築いていくことでは無いでしょうか。安定的な社会を築くためには、格差を一定程度に抑えておく必要があります。格差が広がり過ぎると社会が分断され、不安定化します。企業のように効率を上げて、利潤追求を行うことが目的ではないはずです。経済学には、効率性と公平性のトレードオフという前提があります。トレードオフとは二律背反のことです。効率性を追い求めれば公平性は損なわれる、その逆もまた然りということです。政治の世界は主に、公平性の原理に依っています。国民から税金を徴収して、誰に、どの程度、どのように配分するかということです。もちろんバランスの問題です。公平性を追求し過ぎると旧ソ連のように、社会な活力が落ちて国家が消滅します。逆にフランス革命前のフランスのように、格差が広がり過ぎると社会が不安定化し、革命が起こり、国が滅びます。企業経営の世界では効率性を業績という明確な数値で成果が判別可能ですが、政治の世界は公平性という、価値観や倫理の世界を扱っているため、本質的に数値化は不可能です。数値化可能な効率性の原理を政治の世界に持ち込むことには、土台無理があります。

 

②生存のための基盤である食料生産の現場を破壊する。

TPPの議論の時にある政治家から出た話として有名ですが、日本のGDPに占める産業の割合が非常に高い自動車産業を守るためには、GDP比が低い農業は犠牲になっても致し方ないと。この考え方は根本的に誤っていると思います。GDPは人間の生存にとっての重要度を加味していません。車がなくても人は死にませんが、食料がなければ死にます。食料産業は人間の生存の基盤であり、絶対に守っていく必要があります。言うまでもなく、国内で食料生産を主に行っているのは地方です。地方が消滅したら、国も消滅します。では外国から輸入したらよいと考える方も多いでしょう。輸入は常に不安定で主力としてあてにすることは出来ません。輸入元に飢饉が起こったらどうなるでしょう。自国民を餓えから守るために輸出は差し控えるでしょう。輸入元と戦争になったらどうでしょう。敵国に「塩を贈る」ような殊勝な国はまずないでしょう。自国の安全と生存を守るためには、食料は最重要産品であり、自国内で賄えるように常に危急存亡の時に備えておくべきです。

 

③現時点での効率しか考えていない。

効率性の観点から考えても選択と集中は危険です。ここで言う効率性は短期的なものではなく、長期的なものです。東日本大地震の時に国民は気づいたのではないでしょうか。拠点を集中させると、大地震などの異常事態が発生した際に被害が甚大になると。人口の三分の一近くが集中する首都圏を大地震が襲った場合、日本の国家機能が麻痺することは目に見えています。短期的には、人が多く、インフラも整っている東京に資源を投下した方が効率的でしょう。しかし、長期的視点に立って危機的事態を想定すると、拠点は分散しておくべきではないでしょうか。ビジネスの世界ですら、大地震を機に、危機事態に対応するために拠点を分散するBCP(ビジネス存続計画)の必要性が真剣に議論されるようになっています。政治の世界では、ビジネスの世界よりもはるかに長期的な視野が必要です。

 

いかがでしたでしょうか。私は選択と集中という効率性原理を政治の世界に持ち込むことには問題が大きいと思っています。もちろん、現状維持でいいと思っている訳ではありません。私自身、都会から田舎に移住して地方創生に関わる中で、地方自身が抱える色々な問題も理解しています。例えば、補助金依存によって地域住民が主体性を持って地方創生に取り組んでいないという実態を多く見てきました。補助金を交付して終わりではなく、経過を観察して成果が出ていなければ補助金を取り消す等の対策は必要でしょう。現象面だけ見ると現在の地方創生は問題が多いことは確かですが、国家百年の計を持って、災害に備えて人口を分散させておく、食料安全保障のために戦略的に食料産業を保護、育成する、そして安定的な社会を今後も維持するために格差を一定程度に抑える等の取り組みが必要だと私は思います。