田舎暮らし in 熊野

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究極のミニマリスト〜アマゾン先住民 ピダハン〜

究極のミニマリストがアマゾンの奥地に暮らしています。先住民のピダハンです。

 

最近、ミニマリストの生き方が注目を集めていますね。ミニマリストとは出来るだけ物を持たずにシンプルな生活を送ることで、幸せに暮らすことができるという考え方を持った方々です。ミニマリストの考え方は、有形物質としての「物」を出来るだけ持たないということですよね。例えば、服であったり、車であったりです。有形か無形かを問わずに考えた場合、人間にとって一番大きな「もの」とは何なのでしょうか。私は「記憶」だと思っています。過去の経験を記憶し、その延長線上に現在、未来を捉えていますよね。過去を悔いたり、未来を思い悩んだりと。

 

私の愛読書、ダニエル・L・エヴェレット著の『ピダハン-「言語本能」を超える文化と世界観』によると、アマゾンの先住民であるピダハンの言語には、なんと過去形、未来形、数字、神等の概念が存在しないとのことです。もちろん、言語を持っているということは、「記憶」を持っていないということではないでしょう。ただ、我々のような過去形、未来形、数字等の言語概念を持っている人々とは考え方が根本的に異なるはずだとは思います。ピダハンの人々は過去を悔いたり、未来に不安を抱いたりしないようで、笑顔で今を楽しみながら生きているようです。

 

我々がピダハンを見習って、「今を生きる」ことは可能でしょうか。おそらく難しいでしょう。人間は言語を通して思考し、記憶します。現代を生きている日本人が日本語の概念を変えることは不可能でしょう。ただ、現代文明の考え方とは、全く異なる世界観を持って生きている人々がいるということは知っておいていいと思えるのです。現代文明が最高度に洗練された文明であり、先住民社会は遅れていると決めつけることはできないと思います。現代文明に暮らす人々は、多かれ少なかれ、過去の記憶に押し潰されそうになったり、未来の不安に苛まれているのではないでしょうか。現代文明の行き詰まりを克服するための一つのヒントとして、ピダハンの世界観は参考になると思います。

 

いかがでしたでしょうか。ミニマリストの考え方は、有形物を出来るだけ持たないことで、幸せに生きることですね。ピダハンはさらにその先を行っています。無形物であるところの「記憶」をも出来るだけ持たずに、「今を生きている」人々です。現代文明に暮らす人々が、究極のミニマリストたるピダハンに学ぶことは多いのではないでしょうか。