「美は人を沈黙させる」〜小林秀雄の芸術論とは〜
小林秀雄は、難解な文章で知られている文芸評論家、批評家ですね。近年のセンター試験で小林秀雄の『鍔』が出題され、高校生には難し過ぎるのではないかと話題になりました。確かに小林秀雄の文章自体は難解ですが、思想そのものは非常にシンプルに思えます。頭の中だけで物事を考えるのではなく、体験によって物事のありのままの姿をとらえよ、ということです。
小林秀雄全集の中に収められている『私の人生観』を通して、沈黙と美について考えてみます。本文を引用します。
「画は何も教えはしない、画から何かを教わる人もない。画は見る人の前に現存していれば足りるのだ。美は人を沈黙させます。どんな芸術も、その創り出した一種の感動に充ちた沈黙によって生き永らえて来た」
言葉では説明できませんが、不思議と惹かれる画、確かにありますね。自然に対しても同じです。山際に消えゆく夕日の姿を見て感動したことがあります。感動した理由を論理的に述べよ、と言われても難しいです。
「大切な事は、真理に頼って現実を限定する事ではない、在るがままの現実体験の純化である。見るところを、考える事によって抽象化するのではない、見る事が考える事と同じになるまで、視力を純化するのが問題なのである」
頭で考えることよりも、あるがままの現実体験を大切にせよ、ということでしょうね。
北鎌倉の東慶寺に小林秀雄のお墓があります。10年ほど前に訪れました。小さなお寺です。植物に囲まれた境内の道を進むと、小さな山の斜面にお墓が、ところ狭しと並んでいます。苔むす岩、木洩れ日、ホトトギスの鳴き声が辺りを領しています。こんなに美しいお墓には出会ったことがありませんでした。
小林秀雄と言えば、稀代の文筆家であり、知識人です。つまり、言葉の達人でありました。意外なことに、小林秀雄は、言葉を超えた沈黙の世界に美を見出していたのですね。沈黙の世界を愛した小林秀雄、言葉の限界を理解しつつも終生、言論活動を続けた小林秀雄、二人の小林秀雄がいたのでしょう。
いかがでしたでしょうか。言葉の達人である小林秀雄は、意外な事に、沈黙に美を見出していました。注意しなければいけないのは、小林秀雄は言葉を極めた末に沈黙に美を見出したことです。凡人である私は、もっともっと言葉を磨いていく必要があります。と同時に、最も大切なものは、言葉に表し得ないという謙虚な気持ちも忘れずにいたいと思います。