知られざる熊野の聖地『宮井戸遺跡』とは?
熊野にはこの世とあの世の境があるといわれています。そこは宮井戸遺跡です。ほとんど知られていない場所です。
熊野といえば熊野古道や熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社などが有名ですよね。他にも那智の滝や日本最古の神社と伝えられている花窟神社なども人口に膾炙しています。宮井戸遺跡は一般的にはほとんど知られていない場所です。地元の方にもほとんど知られていません。熊野に住んでいる私も最近まで知りませんでした。熊野郷土史家の方に教えて頂きました。大変神秘的な場所なので、是非一度訪れてみるべきだ、と言われて先日訪問しました。
宮井戸遺跡は和歌山県新宮市に位置する、熊野川河口にひっそりとたたずんでいます。小さな森のようになっています。一周するのに1分もかからない小さな森です。私以外、誰もいませんでした。中には大きめの岩がいくつもあります。この場所には古代から神社があったようで、黄泉道守命大神を祀っています。
少し拍子抜けしました。荘厳な建築物があるわけでもなく、見るものを圧倒するような自然物があるわけでもありません。ある意味でどこにでもありそうな小さな森なのです。郷土史家の方がおっしゃっていた神秘的な場所であるとは、どういう意味なのだろうかと。そこで、近くにある新宮市郷土資料館に行って、宮井戸遺跡について調べてみました。館員の方にいろいろと教えて頂きました。
宮井戸遺跡はかつて水葬を行う場所だったそうです。水葬とは遺体を水に流す葬送の一種です。今ではほとんどの人は亡くなったら火葬されますよね。江戸時代までは土葬が主流でした。古代においては、風葬なども行われていました。話を戻します。宮井戸遺跡は亡くなった方をあの世に送る場所だったのですね。つまり、この世とあの世の境だったのでしょう。生の世界と死の世界をつなぐ場所ともいえるでしょう。ある種の「結界」だったのかもしれません。宮井戸遺跡にある神社の祭神は、黄泉道守命大神です。つまり、亡くなった方を死者の世界まで道案内をする神様ということでしょう。
熊野は神話の時代から根の国と呼ばれ、黄泉の国、つまりは死者の世界につながる土地とされてきました。つまりはこの世とあの世をつなぐ場所だと。熊野では江戸時代まで補陀落渡海という水葬が行われていました。宮井戸遺跡はそんな熊野を象徴する場所といえるのでしょう。
生の世界と死の世界をつなぐ場所。恐ろしい場所のようにも思えます。これはおそらく現代的死生観による一解釈に過ぎないのかもしれません。古代人は生と死は断絶しておらず、生のすぐ近くに死があると考えていたのかもしれません。コインの裏表のように。宮井戸遺跡はどこにでもあるような日常の風景の中にとけこんでいます。何気ない日常の中に死の世界が潜んでいるのかも。恐ろしいような、引き込まれるような、生命の深淵を垣間見たような気がしました。突如、強い風が起こり、木々を揺らしながら、河口に流れてゆきました。