田舎暮らし in 熊野

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『コンビニ人間』と現代人の生態系

「普通であること」とは何を意味しているのでしょうか。2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の小説、『コンビニ人間』を通して、普通であることの意味と現代人の生態系について考えてみます。

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「あの人、普通じゃないよね」

ここで使われている「普通」は価値判断を含んでいますよね。普通イコール正常、正しいといった意味です。「普通であること」とは、ある共同体の中で大多数によって信じられている物語、規範のようなものであると定義してみます。常識といってもいいでしょう。

 

「普通であること」をさらに3つに分けて考えてみます。1つ目は、法律です。これを破ると刑罰が科されますので、もっとも厳しい掟ですね。2つ目は、道徳です。約束を守りましょう、自分がされて嫌なことは相手にもしてはいけません等々です。破ると刑罰は科されなくとも、社会的制裁を受ける可能性が高いですね。3つ目は、ある種の空気です。反証可能であるが、大多数が何となく好ましいと思っている考え方や生き方です。よく勉強して良い大学に入り、大企業に就職して懸命に働き、結婚して子供を一人前に育て上げる、といったような考え方です。

 

コンビニ人間』は、3つ目の空気についての物語だと思われます。主人公の古倉恵子さんは、彼氏なしの36歳独身、コンビニで18年間アルバイトをしています。子供の頃から「普通ではない」ことを理解していた古倉さんは、周囲と衝突しないように、出来るだけ自分を出さないようにして生きてきました。マニュアル化されたコンビニでのバイトを通して、世界の正常な歯車の一部となった自分に安心感を持つに至った、という話です。

 

この話の面白い点は、現代人の生態系を示唆していることだと思います。価値観が多様化した世界に住む現代人は「普通であること」に煩わしさ、窮屈さを感じている一方で、「普通であること」に適応することで安心感も得ていると思われます。我々はどこかで「普通であること」の仮面を被り、ある種の劇の役者を演じているのかもしれません。戦後を代表する保守論客の福田恆存は、著書『人間・この劇的なるもの』の中でこのように述べています。

 

「私たちが真に求めているものは自由ではない。私たちが欲するのは、事が起こるべくして起こっているということだ。そして、その中に登場して一定の役割をつとめ、なさねばならぬことをしているという実感だ」

 

今日もコンビニは24時間営業中です。

「いらっしゃいませ!ありがとうございます!」

案外、彼らは幸せなのかもしれない。